岸優太と"24"
■ 2020年 "24歳"
私は岸くんと同じ1995年生まれ。
でも学年は私が岸くんより1つ上になる。
唯一同い年になれる9月29日から1月19日までの約4ヶ月弱がとてもうれしい。
そんな夢の同い年期間、私の24歳が終わりに差し掛かっていた今年の1月18日に岸くんがテレビで言っていたこの言葉に、不甲斐なさを残しながら私は一足先に25歳になりました。
たしかに去年末から今年にかけて
岸くんの仕事量の少なさについては頭を抱えていた。
タイミングも相まって、FC動画の告知でも岸くんだけが宣伝がなかった。どこか寂しさを隠しながら微笑む岸くんを見て、私と同じ気持ちになった人もいるでしょう。
でも私は信じていた。
岸くんは業界人からの評価が高いことは言うまでもない。
起用に関して人気と知名度が全てで実力は二の次な風潮の中、岸優太という1人の人間として評価され、絶対に輝ける日が来る。
22歳でリーダーとしてデビュー、
23歳でドリボの座長を務め上げた。
仕事量に関しては多くないかもしれない。
けどおっきな大役をドカンと任される岸くんはほんとに頼もしい。
24歳の岸くんが楽しみでしょうがなかった。
■ 24時間テレビ
2020年7月6日の感動と手の震えを絶対に忘れない。本当に嬉しくて職場のトイレに駆け込んで号泣した。
たとえ真ん中に立つような人じゃなくても、ひとつひとつのことに真摯に丁寧に向き合い、礼儀や感謝を忘れず、自分に厳しく他人に優しく、みんなから愛される岸くんだからこそ勝ち取った最高峰のお仕事。
そんな優しい優しい岸くんが、
24歳で24時間テレビのパーソナリティを
世界恐慌の2020年にやることはこの上ない意味がある。
大事なのは決して仕事量ではないこと。
陰日向のひたむきな努力は誰かがちゃんと見てくれていて、ちゃんと評価してくれる日が必ず来ることを、リーダーの岸優太が証明してくれた。
自分をリーダーらしくないと言う岸くんは、最高にリーダーらしくて本当に本当にかっこよかった。
確実に成長していってくれるのをリアルタイムで目の当たりにできている私たちは本当に幸せなんだ。
■ 24色パレット
海人が「岸くんの歌声は24色パレットだ」って言った。
岸くんの"歌のうまさ"は年々細胞分裂する。
本当に複雑で奥が深い。
曲によって歌い方を変え、表情を変え、表現方法を変える。
時として努力は才能に勝てないが、
努力と才能が掛け合わさった岸くんの24色パレットの歌声は無敵である。
■ 24カラット
屈託のない岸くんの笑顔は、
24カラット=純度100%の輝き。
岸くんは嘘がつけない。岸くんが無理して笑ってるときはすぐわかる。
そんな中での純度100%の笑顔は岸くんが絶大な信頼を置いている神宮寺くんとの会話の中でよく見られる。
岸くんは神宮寺くんにだけは、
「こう思ってるんじゃないかな」
ではなく
「神宮寺はこういう人でこう思ってる。神宮寺のことはよくわかっている」と強く言い切る。
「神宮寺の未来だって分かります。明るいです。」と自信たっぷりに言った岸くんはとても清々しかった。
ボキャブラリーの少ない岸くん。
その時のお気に入りの言葉をいつでも使えるようにポケットに入れておいて、それらを多用しながらいつも全力でぶつけてくる。
不器用だけど正直でわかりやすくて人たらしで見ていて気持ちがいい。
岸優太 24歳も残り約3ヶ月。
今年は岸くんの年になる。
確実に成長し、絶対に国民的になるこの期間をしっかり目に焼き付けたい。
そして小さい仕事も大きい仕事も大事な仕事だということ、忘れずにいたい。
神宮寺くんも海人も絶対に輝ける日が来ることをきっと岸くんがお手本になって証明してくれる。
今まででいちばん美しい岸くんにふさわしいファンでいたい。